休職してみたら、年収とか出世とかアホらしくなった

私は、適応障害で2か月以上、仕事の休職を経験しました。

 

新卒で会社に入ってから休職するまで、曇りなく、サラリーマン街道を順調に歩んできた自分にとって、社会人生活における初めての挫折の経験でもありました。
この休職の経験を経て、「働く」という事に対する価値観がまるで変ってしまったので、今日はそのことについてまとめてみたいと思います。

年収で負けたくなかった、いち早く出世したかった

私の父は、エリートサラリーマンといって遜色のない人物です。
有名大学に入り、大企業に就職し、そこで努力し成果を挙げ、昇進し、役員まで上り詰めました。
私はそんな父の背中を見て育ったわけですから、意図せずとも同じ生き方をするような価値観が刷り込まれていたのでしょう。
他の会社の同期と比べても、仕事で名を挙げてやる、という思いが強かったと思います。
年収についてのこだわりにもありました。
同期に負けたくない、というのはもちろんのこと、いつか父の年収も超えてやる、という思いを常に持っていました。
勤めていた会社では、どんなに偉くなっても父の年収を超えることは難しかったので、転職をしながらキャリアアップをしていくつもりでした。
キャリアアップの転職には、専門性とマネジメント経験が重要だと考えていましたので、勤めていた会社で、いかに専門性を身に着けられる部署に移動できるか、いかに早く幹部職(マネージャー)に上がれるか、を意識して業務に取り組んでいました。
年収も、年収のための出世も、私にとっては重要なことでした。
そして私自身は仕事が大好きで、残業が苦にならないようなところがありました。
ところが・・・

休職により、まるで変わった価値観

そんな私は、社会人7年目に、業務量や責任感、プレッシャーなど要因が重なり、吐き気や頭痛から、会社に行けなくなってしまいました。
診断名は、適応障害。しばらく休みが必要ということで、結局2か月以上、会社を休職しました。
元々私は、仕事が好きだった私ですが、休職直前には、仕事が大変苦しいものになっていた事に気づきました。
過去の自分から考えれば信じられないのですが、仕事が嫌になっていたのです。
休職期間中というのは、非常に多くの時間があります。
語弊を恐れずに言えば、毎日が日曜日です。
奇しくもサラリーマンとして忙しく毎日を送っている時には、なかなか考えることが出来ないようなことについて、考えを巡らせることが出来る、いい機会にもなりました。
そんな中で特に考えが変わったのは、「なぜ働くのか」というものすごく根源的なこと。
休職より前の自分は、自分の名を挙げるため、年収で誰かに勝つため。つまり自分のため、でした。
でもその結果、仕事を頑張り過ぎて、苦しくなり、健康を害し、倒れてしまった。
更に、休職直前の私は、業務が繁忙期であったこともあり、朝7時~23時、日によっては夜を徹して仕事をしていたような状態でした。
そんな生活に耐え続けて、出世して、年収を上げていくことも出来たのかも知れません。
でも、当時の私は結婚をし、もっと妻との時間を取りたい、将来子供が出来れば、積極的に子育てにも参加したい、と思っていました。

その気持ちは犠牲にせざるを得なかったでしょう。

年収で誰かに勝つこと、そのために出世すること、そのために今の働き方を続けることに、いったい何の意味があるのだろう??
そう思うようになりました。
年収や出世にこだわってた自分が、何ともアホらしく感じてしまったのです。

今は豊かさ、にこだわりたい

年収や出世の代わりに、今後こだわりたいと思うものが出来ました。
表現が難しいですが、ひとまず「豊かさ」です。
年収のように、具体的な指標化が難しいのですが、イメージとしては、将来死を目前にしたときに、どれだけ幸せだったなと思えるか、でしょうか。
もちろんお金も、幸せと思える要素の一つかも知れませんが、もちろんそれだけでは無いでしょう。
自分が心からやりたい、と思えることに仕事として取り組んだり、家族や友人と多くの時間を過ごしたり、旅をしたり、色々な経験をしたり、心身ともに健康でいたり・・・。
まだ漠然とはしていますが、そんなことを追及していきたいと考えています。
具体的なことはこれからなので、またちょくちょく語っていくことになると思いますが、ワクワクしています。
休職という経験のお陰で、仕事人間を卒業することが出来ました。

今は「豊かさ」で、同期や父の負けたくない、と思っています。

では、今日も頑張らずに楽しんでいきましょう~!

こちらも気になればのぞいてみて下さい。